2012年7月19日木曜日

遠野の街並み


これはJR遠野駅の改札口から撮影したもので、駅の雰囲気は変わらない。 単線だが、ホームでは線路を使って追い越したりするために駅の構内では複線になっている。
内陸は昨日30度あり大変暑い一日でした。 ただ関東や関西と比べて空気が乾燥し、日陰で風が通ると結構涼しいのが東北のよさである。
今日はめっぽうに寒く、朝から長袖を着ないと寒すぎです。 しかし農作業では日中も太陽が出ず涼しい風のために快適に草を取ることができて、外の仕事は最適でした。
明日も今日以上に寒いようで、今度は安渡漁港の土嚢作りのあ手伝いです。
海から山まで色々仕事をこなしている毎日です。
今日の畑の作業は草取りで1000坪位の大きな畑を四人で仕事をするのは大変です。 前回カリタスのグループが入ってさつまいもの畑の雑草を取ったのですが、取り残してその後また成長した雑草がさつまいもの成長を阻害しているので本格的に暑くなる前になんとかしたいとひとりで頑張ったのですが時間がなく最後は二人にお手伝いをしてもらいなんとか目立つようにしました。

城下町としての遠野 
徳川家康に臣従し、盛岡藩を成立させた南部利直は領内の基盤整備に取り掛かった。
それまで遠野を領有していた阿曽沼氏や鱒沢氏を追放し、根城南部氏の八戸直義を転封させて仙台藩領と隣接する遠野の統治にあたらせた。
1627年(寛永4年)、直義は遠野鍋倉城主として12,500石を与えられた。以後明治維新までの約240年間の間、
遠野は遠野南部氏の城下町として存続していくこととなる。歴代当主は盛岡藩御三家の一つとして盛岡に常駐していたため、
実際の政務は鍋倉城代である重鎮の家老達により行われていた。現在も穀町、大工町、材木町、六日町という地名に城下町の名残を見ることができる。(ウィキペディア)



遠野駅のプラットフォームの看板で、隣駅は青笹駅、反対が綾織らしい。


駅の構内は売店と待合室になり、こじんまりとした駅になっていた。 ここも始めて入るところでした。 冬場は本当に寒く雪のかなり降る街です。 今年は冬場にも一度訪れてみたところです。


先ほどの写真の反対側はこのような雰囲気で手前の右側に改札と切符売り場があります。


このレトロな建物はイメージして作ったものか、明治時代の建物か定かではないが多分北陸銀行か岩手銀行ではないかと想像します。


これはその建物のクローズアップで、明治時代の建物にはこのような板張りで薄い空色の塗装を施したものがかなりあり、この建物の二階は同じような造りである。


駅前の案内所兼売店だろうか? しっかりした建造物でこの遠野の街並みに合っているようだ。町並みの統一性は壁の色によるし。瓦の統一した色に関係していると思う。 基本的にはベージュが壁の色に使われておりそれに木材の暗く加工jした色が統一感を出しているようだ。


長野県の小布施も同じよぅな色を使って、壁もベージュだったと思う。 そのベージュがもう少し黄色が強く、ここ遠野では色が薄いのでもう少し落ち着いた感がする。


ここ遠野はカッパの伝説が有名である。


柳田國男の遠野物語のもととなった町であり、河童や座敷童子が有名である。

カッパ淵(カッパぶち)は、岩手県遠野市にあるカッパ(河童)の伝承地。
かつてカッパが多く住み、人々を驚かしたという伝説がのこる場所。全国唯一のカッパ狛犬で知られる常堅寺の裏手を流れる小川の淵をいう。淵の水辺にはカッパのを祀った小さな祠が建っている。カッパの神はの神であり、乳児のある母親母乳がよくなるよう祈願するとよいとされ、祠には、女性が奉納した赤いによる乳房を模ったぬいぐるみのようなものが置かれている。(ウィキペディア)



これは遠野市の大工町の町並みでよく統一され、東京のように自分を目立たせようなど微塵もないようだ。 実に美しい街でまた来たいと感じるだろう。 右側は土壁だろうかやはり目立たないベージュだろう。


これは何だろう? 壁はベージュで黒い屋根、環境を統一するためには行政のコントロールがしっかりできていないと各自が自由勝手に作ってしまう。 長期のビジョンが必要だ。 国の指定文化財の街並みはその景観を生かすためにほとんど電柱は地下に入り、代わりにボックスがその場所に立っているのだが、ここではその電柱もあまり感じさせない。 理由はんいだろう?円柱の色も茶色だ。


これは何かお分かりだろうか? 駅前にあったレトロな雰囲気のビルを思い出して欲しい。 明治時代風の建物だ。 苦労して建築しただろう。 東北電力の遠野支店だ。


これもその中にマッチしている。 壁が木材を貼ってあるそして周囲の壁も木材だ。 うまくマッチしている。 東北電力の支店同様2階の壁は板を水平に貼ってある。 お金に余裕がないと周囲の板壁などに、あまり出資ができないのが本音だろう。 角館とはまた雰囲気が異なり現代風の板壁だ。 小布施にもこのような板壁があったと記憶している。

0 件のコメント:

コメントを投稿