2011年5月3日火曜日

震災3週間後の気仙沼


鹿折(ししおり)地区の仙石線の線路上の状態。まったく入れない状態だが、それでも地元の女性は生活上必要なため、最短距離を利用して買い物通路として利用していた。 自分は入れなかった地元の女性の強さに改めて感心した。


凄い瓦礫の山で、これはビデオでしばしば見たのだが、数千万トンの津波が押し寄せ、それが強いものに押し付けられて、津波が押してくるからそのパワーに耐えられず、家屋であろうと、自動車でさえ簡単にスクラップになてしまうのである。これは津波で壊された家屋の残骸が線路の上に取り残された。


津波はこの線路の盛り土にさえぎられて線路をオーバーしたのだが、すでに内陸かなりのところに達しているのでパワーは減衰し、そこにあった家屋を全部つぶすことは出来なかった。この撮影した後ろには大川がながれ、その後津波は川に入り込んだのであろうか。


見渡す限り瓦礫の山で、この仙石線を復旧するのは第三セクターではかなり無理ではないだろうか?気仙沼はこれぐらいだが、仙台に近い線路は盛り土から落ちたり、線路はグニャグニャに曲がり、鉄橋は橋脚ごと流され跡を残していなかった。


ここは、1回目、2回目のボランティアに入ったところで、大川の状態はひどく、宅地部分の被害が甚大で、大川の中は現在も手付かずの状態がそのまま残されている。 車も家屋も、トラックやガラクタ、もしかするとまだ不明者も残っているかも知れない。


これは川を渡り線路沿いに歩いてみると、家屋の残骸、瓦礫がうずたかく残されそんな中に車やタンク、ありとあらゆるものが残されていた。 ただ不思議なことにこれらの瓦礫にはヘドロがそれほど付着していないことだ。なぜ?


これは買い物をして鉄橋を渡り、かえってきた若い女性が安全靴を履いていないのに平気で入っていった。日ごろ歩きなれているのだろう。行く方向は鹿折地区、火の入った方向だ。どこに帰るのだろう?


真新しい車も、古い車、大小を区別することなく押し流した巨大津波のつ爪あとだ。 普通ならこんなシーンはありえないが、今回の津波で沢山の車が異常な形であらゆるところに残されていた。


面白いことに、このあたりには、川鵜やかもめがたむろしていた。理由は、今まで動く魚を常食として狩をしていた鳥が、津波で冷凍倉庫から流れ出した大量の魚が地上にばら撒かれ、探せばその辺に散乱しているのを食べることが出来たのだ。
前回のボランティアのときに聞いた話だが、自分のうちの周りに秋刀魚の大群が押し寄せたとのこと。もちろん冷凍秋刀魚だが。 その地、何か真っ黒な大きな塊を見つけた。それはカジキマグの残骸だった。


これはトヨタの高級車クラウンかそれともアヴァロンか? 塩水に浸かってしまった、車の再生は難しいといわれている。最終的にはスクラップか? 持ち主が見つけることが出来るか?

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