2011年6月24日金曜日

今日は何を書こう?石巻から女川

塩竃は雨模様。多賀城カッターさんの仕事場兼ご自宅の整理をはじめ3日目、最初の2日で1階部をきれいにし、今日は雨の予報で急遽、室内で働ける場所を選択。 最初の2日間はひどく、3月11日のヘドロがそのまま残り、その上家の開口部全部を締め切っていたのが悪く、当日さながらのシーンで、全員息を呑むほどのショックであった。ヘドロの悪臭はひどく、たまっている水は腐り、最悪の状態でした。 その中に入り、ボランティアの方々、勇気があり、やる気も十分で、男女区別無く活躍しています。今回は高齢者も加わり、頑張っています。この高齢者は一番長く5日目で明日最後の日で、お疲れのようですが最高の努力をされています。大変助かっています。

今日からは2階の整理に入りまず下見と段取りを決め、サブリーダーに仕事は任せ3人は別行動で世界に正しい情報を流すために参加しているショーン君に託するためにまず石巻を案内。最初のショックは無縁墓地が変わり始めたのにびっくりしている。 ダンプが数台入り何かを始めていた。 そして開いていた元グラウンド部に事務所風の建物が数軒入り何かをしていた。 ダンプは墓地の入り口のアスファルトや土石を移動していたのに少し驚いた。
今まで写真は撮影しなかったが、この墓地がなくなるのも時間の問題のようだ。 同時に土葬されていた番号をふった板がかなり減っていたこと。これは家族や親族がそれを認め引き取った証拠のようだた。石巻では死者、行方不明者が6000人超で最大だと思う。その理由も自分なりに理解し始めた。いずれ記述したいと考えている。

女川に至る、途中の町も石巻同様に津波に流されている。しかし多分忘れられているようだ。  石巻の避難所は100箇所にのぼり、多分最大だろう。 この国道?398号沿いは、女川町に入る前まで津波にやられているのだ。

女川町に入ると異様なシーンだ。坂を上り小さなガレキから、元町らしいシーンが目に入るが、グレーの土台とその向こうにコンクリートだけの建物が海岸沿いに立ち並ぶ異様なシーンだ。
すぐに高台にある女川町立病院の駐車場に車で上がる。 異様なシーンはどこか、南三陸町に似ている。 しかし高台から見るとほぼすべてが見える。右に細く駆け上がった土地のトップに向かって襲い掛かった津波はこの高台の病院の一階を浸水させた。しかし津波の勢いは異常で、何棟もの鉄筋コンクリートのビルを土台からひっくり返したのには、驚くだけだ。ショオーン君は何を感じただろう? 港の周りはほとんどが鉄筋コンクリートでそのほとんどか窓のサッシュやガラスが無く、その中にごろりと横転した鉄筋のビルには皆『これは何だ!』・・・・

ガレキは鉄筋コンクリートのビルの4階真で運び、ガレキやボート、車さえ残していった。 ここも整理され、見渡しのよい更地になり始め、コンクリートの建物はどんどん重機で撤去し始めた。



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