2013年2月19日火曜日

陸前高田高等学校の前の建物と気仙沼のボランティア

2011/03/11 東日本大震災そろそろ2年を迎えます:

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このスケッチは陸前高田高等学校の前にある小さな建物で2階建てで、校舎の前にあるが津波は完全にこの宿舎らしい建物を飲み込んだようで屋根は完全に破壊されていた。
窓ガラスは多分津波のパワーに押されて破壊され、室内の家財道具を浮かして流し去ったようだ。残っていたのは、多分鉄筋コンクリートの建物だから津波に耐え残されたが内部は仕切りの壁くらいと取り付けれれた棚くらいだだった。




これはサンマの冷凍庫から流れ出したものが住宅街まで流れ着き、悪臭を放っていた。 気仙沼は水揚げで日本一二を誇る漁港だからこんあことは予測が出来る。津波後自分のうちに戻ったらサンマの大群に囲まれていてびっくりしたと話をいろいろなところで聞いた。


これは気仙沼の一番がれきの流れ込みのひどかった堤防だ。定期便のトラックから壊れた家屋の残骸やありとあらゆるものが川に流れ込んだ所だ。


初期の頃はこのような流れ着いたアルバムはまだそれほどひどい被害を受けずに取り残されていたが、これをどうしようと考えることさえ出来なかった。 その後ボランティアの方がアルバムを集め始めたが、水に浸かったり劣化したり、整理するのに大変な苦労をしていました。


これわかりますか? 魚です。 多分サケでしょう。 5、60cmの魚のまとまったのがヘドロの中に埋もれていました。 このヘッドろが気仙沼の人々が港の中に気がつかにうちに堆積させたもので、大きな港がヘドロの被害を大きくしていた。


住宅もご覧のようにガラスは破壊されたのですが、家まで破壊する力は既に無くなっている距離でした。 港からかなり離れてきたので津波の威力は減衰していたようです。


これもびっくりしたモノです。 一匹のカジキマグロが流れ付いてヘドロの中でのたうちまわっているようでした。 多分市場に水揚げされたか倉庫から流れ出た一匹だろう。 ヘドロってこんなにひどいのですよ。 これが東京湾だったらいかがだろう?


これは魚の切り身でした マグロの切り身かな、ありとあらゆるものがいたるところに散在していました。 このヘドロが夏以降に問題を発生させていた。 特にハエの発生が目立っていた。


ボタンティアの合間にお手伝いsた家の周りを見て回ったときのシーです。 家屋が壊れ上の三角の構造は屋根を作ったもので家が完全に壊れ骨組みがここに流れついたのでした。


悪臭を放つヘドロは水分を含むとドロドロになり乾燥するとご覧のように亀の甲羅のようなひび割れをどこででも見た。 石巻もたいへんひどかったと記憶している。


がれきの下にサンマの流れ着いたパッケージが壊れて、悪臭を放っていた。



作業後はヘドロがいたるところにつくので、節水をしながらできるだけ、現場で流し汚れをなるべく持ち込まないように努力をしていた。


土台から持ち上げられ、津波で押し出された家屋でさえ、津波の威力が落ちるまで流されたおりついた所が堤防の斜面だ。 かわいそうにこの家はすぐに解体され運命だった。

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