このスケッチは石巻の大街道南三丁目 この付近では2軒残っているが周囲には重機が入り解体作業が行われていたので、なくなるのも時間の問題だろう。
この写真は6月に入った時期だが、塩釜港の観光桟橋とマリンゲートは津波のガレキをまだ整理しきれていなかった。 しかし観光船はすでに地元の海上の足として使われ初めていた。 左に見える船舶は津波で被害を受けなかった船が数隻動いていた。
特にこの塩竈観光桟橋は浦戸諸島の足として重要で、その後自分達もボランティアとして浦戸諸島で仕事を始めた。 その頃は桟橋もガレキがなくなり、綺麗になり始めたが、高潮のときは海水が内部まで浸水していた。
これは観光桟橋から対岸を撮影した写真でドックや仕事場等がかなりやられていた。 津波のため桟橋のガードも多くは破壊されたり、曲がってしまった。
警察か消防かは定かではないが塩釜港に停泊している警戒のための船舶のようだ。
奥の高架は仙石線で仙台から松島までは開通し、石巻にはまだ期間を要するようだ。 松島には観光客を呼び込みたいので急いで復旧したようだ。
これも馴染みの塩釜港のあまり普段は踏み込まない場所だが、震災後はどのように変化したのか撮影に時々入ったことがある。 処分するものを倉庫外に出して、処分を待っている風景だ。
塩釜港は小さな港だが、倉庫が軒並みに被害を受けこのような光景が並んでいた。
多くの倉庫や仕事場はご覧のように堤防を簡単に乗り越えた津波は一気に侵入して破壊していった。
震災当時の津波はここでもパワーを見せ、コンクリートの基礎や壁面でさえ簡単に破壊してしまった。 塩釜の現在はこれらの倉庫群はどのようになったのだろう?
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