このスケッチは昨日のビルで土台が見えます。
コンクリートの基礎前にパイルを打ち込んでいるのだが、港の近くは当然砂地が多くそれを知った上での設計なのか? パイルの長さは十分だったのか? 太さはこれで良かったのか? 砂地ではよく液状化現象と言われている、この女川ではそれがなかったのか? 液状化で土台がグラグラになりそれに強烈な津波が押し寄せ横転したのでは?
女川では大きな女川病院が高台にあり、震災の爪痕を見ることのできる高台だ。 そこから見るとこの女川の市街地の4階建のビルの上にガレキが乗っているのに驚かされた。 小さな港町だがビルがおおいいのにも驚かされる。 原発資金が入っているようだ。
横転の瞬間はどうだったのだろう?
気仙沼の地盤沈下した市街地
気仙沼の11年4月だろう。 震災1ヶ月後は大潮時はこのように市街地に大きな水溜りが沢山できていた。 地盤沈下のためだ。 従ってこれに交通虚を遮断されたので応急に道路が嵩上げされて通行が可能となった。
いたるところにこのような水溜りが出来行く手を阻んでいた。 地元の人でないとその水溜りに入るのは危険だ。側溝のフタがなくなっているとそこに車輪を取られてしまう可能性があるから。
ヘドロに混じった津波が大挙気仙沼市街を襲い住宅を含んだ多くの建物が粉々になり散乱した。
ご覧のように見渡す限りガレキに覆われた市街地だ。
先日もこの写真はでたと思うが屋根も見事焼け落ち鉄骨の骨組だけ残ったアパートのようだ。 水責め、火攻めでやけおちてしまった。
奥にゆくと見るからに問題なさそうなビルもあるが、2m以上津波が浸水しているので助かったビルでさえ一、二階は津波とヘドロに覆われたことになる。
これは液状化の様子では? ゴボゴボと海水が吹き出ている水たまり
これも2、3日前に出た写真と同じ場所だ。大きな作業場のような建物が床面を見せてたのビルに寄りかかってしまった。
大型の建物の屋根はスレートで出来ていたようだが、ご覧のようにグニャグニャに折れ曲がってしまい倒壊した建物の写真だ。
ヘドロまみれの被災地、ヘドロを取り除いた舗装道路の一部がやけに綺麗に見える。
かさ上げをした道路だろうか土の道路だ。 しかしこれらのお陰で支援も復旧作業もやればできる状態はかなり早く仕上がっていたが、何しろ太平洋側直線で400km、入り組んだ半島や入江を入れるとどれくらいの被災距離だろう?
大きな街の復興の動きは早かったが、何しろ重機やトラックの導入が少なすぎた。
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