2013年4月16日火曜日

20110413 気仙沼松崎



これも女川で横転したビルの1つで建築の時パイルは打ってあるのですが長さが全く短いと思います。横転した時にそのパイルが折れたあとはありません。 折れたなら鉄筋がもっと付いているはずです。 このビルが横転するとき、まるで釘抜きでくぎを抜いた時と同じ状態だと思います。


この写真は気仙沼の松崎地区で、気仙沼の仙台よりの街で、半島一つを挟んだ場所で、壊滅的なダメージを受けました。
これは三陸鉄道だが、小さな川がありそこを遡上した津波が大きな被害をもたらした。 線路もご覧のようにグニャグニャに曲がってしまいました。 車もひどいものです。


津波はリヤス式海岸の山の麓まで押しつぶしてゆきました。見渡す限り松崎地区は粉々に破壊され、コンクリートの建物が数棟残ったようでした。


これは敷地の境界かそれとも住宅の土台か定かではありませんが革のそばで土地もかなり流されてコンクリートしか残っていません。


見渡す限りガレキが続いています。反対側(背中側)が海で奥の山に向かって街を破壊してゆきました。写真手前の線は線路だと思います。


何かわかりませんが建造物で津波は右奥から押し寄せてきたようです。 原型さえ残しておりませんので地元の方しか判別できないようです。


鉄筋コンクリートの建物のようで何でしょう? 窓がほとんど無いので倉庫かな?
このような小さな川も津波が簡単に遡上してゆき街を破壊してしまう原因となったようです。


これも珍しい写真で川幅いっぱいに住宅が流されてひり込み海水をせき止めていました。 がれきの少ない面が海側で反対側はガレキが沢山散乱しています。


右側の隅が前の川にはまった屋根で左側は山側で多分この家がはまりこんだために津波が海に戻る時に抵抗となりガレキが流れなくなったようです。


この家の前の鉄が三陸鉄道の鉄橋で線路が載っていますがそこにもガレキが集積しています。こちら側はがれきの量がひどいものでした。


ガレキはこんな格好で残されていました津波の高さはどれほどだっただろう? 前の建物の上にガレキが乗っているのは完全に家が水没したことの証明である。


ガードレールからありとあらゆるものが川の中に押し込まれて流されたようです。 津波のパワーに今さら感心するばかりです。


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