2012年1月30日月曜日

大槌町、被災地のビルの解体はどんどん進行しています

岩手県大槌町の被災地に残された数えるばかりの建築の中で、大槌町ベースの近くのビルを先日解体し始めた。 大型のユンボが朝方に、このビルを目指して移動し始めたので、そろそろ始まるかなと疑問を持っていたがその日の午後には解体がどんどん進行し、早めに記録をと感じ、撮影した。 このビルは何だろうか、定かではないが、いずれは地元の方に確認をしたいと考えています。 解体は多分自分が帰る2月の始めには終わるであろう。
被災地の現場にはコンクリートを破砕して種わけをする機械が何台か入り、コンクリートの基礎をリサイクルし始めた。 
これらの中の最後の写真は次の日の写真で、屋上につながる階段の上を引きずり降ろし始めたものだ。


このビルも多分1年近くかかって完成したのだろうが、解体は1週間ほどで完了してしまうだろう。


解体現場の裏からみたビルだが、それほど進んでいないと考えていた。 現場に近づくのは迷惑がかかるので、少しはなれながら、撮影した。


しかしこの重機の威力は、以前学校の解体を見て感心したことを思い出させた。 1日でご覧のように外壁ははぎ落とされ、解体が想像以上に進行していた。


すでに解体は裏側の四階までの外壁が剥ぎ取られて鉄骨がむき出しになっていた。


内部の什器やインテリア、家財道具はすでに運び去られたのだろうか? あまりそれらしいものは見えない。


重機のカニの手はコンクリートを握りつぶし、内部のものは引きずりだし。種類別に手際よく選別して行く。


重機のオペレーターも専門家で危険を察知しながら、どんどん仕事を進行させている。 明日大槌町に帰るのだが、多分このビルは見ることがないだろう。


これは二階の床板の解体に入っているユンボだ。建物の鉄骨を残し、まずは周囲から、次に内部、そして最後は鉄骨をはずして解体が終了するだろう。


これは初日のビルディングの解体現場だ。 被災地ではフェンスを作ることなく、一気に解体しているのが現実だ。


次の日の朝の写真だ。 屋上に出る、踊り場の一部を引きずり落とし始めたが、なかなか本体からはなれず、安全性を考慮に入れながら、引っ張っていた。

2012年1月25日水曜日

先日訪れた陸前高田市2

こちらは高田市の反対側の気仙町で高台から見た範囲では残っているコンクリートのビルは少なく、更地の面積が広がっているようだ。以前使われたいたお風呂も現在は何かの小屋に使っているようで役目は終了したのかな? 屋上の上にタンクを載せていたビルもこの日から解体が始まり作業車がカニの手でコンクリートを壊し、中のものを引き出し、本格的に解体が始まり。3日もすると見えなくなるだろう。
川のこちら側に集められたガレキの山も大きく、その中でダンプや作業車が動き回って被災地の整理はこの町ではかなり進行している感じがしている。





上の写真は陸前高田の気仙地区を高台の成田山のお寺から撮影したもので、コンクリートの土台が無くなり、道路だけが残り、今後どのような街の復興になってゆくのだろう、住民の方々が戻ってくるのかも心配だ。


これは高田市の中心街でここもコンクリートの土台が少なくなり、土だけの更地が広がり始めている。 奥は陸前高田市の屋内体育館と図書館だろう。


気仙町のいくつか取り残されてコンクリートで、屋上にガレキが残ったビルだが、いよいよ解体はじめ後数日の運命だ。


これは成田山のお寺の0駐車場で左下に新しい何か分からない、新築の建物がひとつできた。


解体の進む陸前高田市の被災現場が10ヶ月でかなり整理が進み、残されたビルもひとつひとつ解体が進行している。


外壁を壊し、重機がビルの中のガレキを引きずりだして仕事が進行している。


希望の黄色いハンカチだろうか? お祭りに使った後のやぐらが残りそこに日の丸の旗が、いつからかはためいている。



今日くらいにはこのビルも残っていないと思う。 地道だがひとつひとつ取り壊して整理している。
この陸前高田市は被災がひどく、残ったものが少ないので整理が早く進行しているようだ。

2012年1月24日火曜日

陸前高田市、大船渡に近い町

先日訪れた陸前高田市1

太平洋に面した町で防波堤や岬が少なく比較的太平洋に向かって大きく口を開いた町で危険を今だから感じる場所。
被災地の片付けは比較的進行している地区だろう。
コンクリートの土台がかなり消え始め、更地が広がっている。
海に面した部分は地盤沈下が激しく、市民球場は今も海に沈み、観客席が残って周囲の照明塔が球技場跡を見せている。 
太平洋に面してはコンクリートの建物が目立つが取り壊しが残り、ガレキの山の整理、コンクリートのリサイクルに力を出しているようだ。
千昌男が投資した海に面したホテルは下が津波に壊滅され、いずれは取り壊しのようだ。
被災した高校の体育館もその後の重さに耐えかねて1階の鉄筋がつぶれたようだ。




川を挟んだ気仙町の対岸、陸前高田市瓦礫の山がいたるところに出来、さらに土台が無くなり、更地が広がり始めた印象だ。


ガレキの集まったところには作業用の自動車が集中していた。 これは中央部でここの進行が早いようだ。



これは市営球場だろうか、完全に地盤沈下しグラウンド部分が水没し観覧席が残され、水上都市の球場のような感じがした。


この部分も海に面したところでご覧のように水没して左側は石や土嚢を積んで海水の流入を防いでいる。 この奥にさらに高い堤防を作り始めたようで、その後はまた水抜きして土地をあげ再度使用する気配がしている。


この海水が入っている部分は以前は多分陸地を造成し公園のように使われていたようだが、現在は完全に海水が入ってしまい取り残されている。


話に聞くところだと、歌手の千昌男の投資したホテル『1000』といわれる海にもっとも近いホテルだが震災以来使われている、復興に向かっいる気配は全く無い。解体を待っている模様だ。


海面とほぼ同じ高さ、海抜0メートル地帯だろう。 ビルの屋上には震災のときのガレキがまだ取り残されている。


右側は国道45号線が走りその右手は山に向かって住宅街であったのだが、震災後は何も残っていない更地だ。


多分この学校は甲子園に出場した経験のある学校だと思う。 その記念碑が校門脇にあった記憶がある。 津波はここにも押し寄せ右側の体育館を壊し以前はまだ立っていたと記憶していたのだが、現在は上の重さに耐えかね、押しつぶされたように見えた。


左側には実験室や講堂があったようだが、津波に押し流されたガレキがこちらに向かった押し寄せてきたので、この辺りにガレキが集中して残っていたと記憶している。


2012年1月23日月曜日

20120122 日曜日 大槌町に重い雪が昨晩から降り続いた。

先日差し入れた陸前高田の鈴木さんから電話が入った。 60km先では雪は全く無いらしい。ずいぶん温度も環境も違うようだ。
しかし雪は真っ白で被災地も一面白い絨毯で覆われたようで美しい。 雪はやはり好きだ。 寒さも全く気にならない。朝5時ごろから外がしらけるのを待っていた。 太陽が出始める7時前には起き出して、長靴を用意してカメラ片手に撮影に出た。 まだ重い雪が降っている。カメラのレンズに雪がつかないように用心しながら、今後取り壊されるであろう建物を主体に撮影して回る。 相変わらずトンビが周囲で飛び回り、あるいは電線に群れて止まっている。 人が近づくと警戒して離れてしまう。
車の通る道路しか汚れていない。 まだ誰も入り込まない、靴跡の無い白い雪が無限に続く。側溝や穴を注意しながら歩いて回る。 先日かなりの建物を撮影したが、雪を被った建物と周囲が変わっている。 荒屋タイル店がかなり取り壊され、外壁が少なくなっている、月曜日には全部取り壊されまた町の空間が大きくなる。
お墓のある周囲の山の木々が雪を被りデリケートな白い線で構成されている。前は海の傍の風光明媚なアパートが無残に取り残されて隣の建物も無くなった。 このホレストKは解体が時間の問題だ。 今日は日曜日で労働者がいないので現場を見ることが出来た。 311日の津波に襲われたままで取り残されている。階段も周囲の廊下もひどいものでごったがえしている。




日曜日の朝の最初の写真だ。 お墓のあるベースの正面の丘も真っ白な雪化粧。 しかし雪は重い。 被災地も雪が前面を覆っているので美しい


図書館も雪が降りしきる中を撮影した。 この建物も解体は時間の問題


長崎ベースの屋上から撮影した鳥瞰図だ。図書館と生活支援センターの空間を撮影。


生活支援センターを撮影しているときも結構雪が間断なく降り注いでいる。


墓地のある丘の樹木の小枝についた雪が美しい樹形を作り出した


図書館の傍の住居にも雪が積もり、その後ろの荒屋タイル店は解体し始め、この数日でなくなってしまう運命だ。


自動車の残骸にも雪がかぶさり、今までの汚いガレキには見えないシーンを作り出した。


墓場の前の流出した家屋の土台が影を作り出し白い雪の中に少しの立体感をかもし出している。


大槌町の長崎教区のベースだ。右側が道路で、新設された電柱からベースは電気を取っている。


生活支援センターの入り口は津波とガレキに押し曲げられた支柱が大きく曲げられている。


白い雪の中でも目立つ消防車の赤は目立ち、元消防車の面影を思い出す。


荒屋タイル店はユンボで解体し始め、今日中にも見えなくなってしまう予定だろう。

2012年1月22日日曜日


20120120 陸前高田で見つけたカワセミ

ここ陸前高田の復興の変化を撮影していたら、聞きなれた鳥の鳴き声がした『カワセミ』がいるなと直感した。
傍に汚い水の濁った小川が流れていた。 ここにいるなと感じ少し探してみた。 人の気配を察してか飛んでいる姿を見つけた。 その後見失った。
陸前高田でまだ残っている海辺のアパートだ。この被害はすさまじく、海に面している1棟は津波が4階まで襲った爪あとがまだ取り残されている。どのような被害か周囲を見て回る。アスファルトで舗装された裏庭の駐車場のアスファルトはめくれ返り、折り重なっていて、アパートから流されて出てきた畳やテレビの残骸あらゆるものが散乱している。
入り口が開いていた一軒の家を覗き、撮影させてもらう。 海から一気に押し込まれた家はすさまじいもので、家財道具はほとんど残っておらず、畳はめくれて床は傷だらけ、丸太が流れ込んだ家やほとんどの家は窓がなくサッシやベランダの手すりは引きちぎれていたり、押し曲げられ、散々な格好をしていて、以前から気になっていた家屋の一つだ。
帰り際にまた『カワセミ』の鳴き声をきいた。 近くにいるなで周囲をそっと見渡し、いそうなところを探した10mほど向こうの葦に止まっている『カワセミ』見つけた。川面を見つめ狙い済ましている、集中しているポーズだ。 すぐ最大にズームレンズを伸ばし狙った。
次の瞬間一気に飛び込んだ。 カメラは連写が出来ず、駒撮りで写す。水面にしぶきが上がり、撮れたか定かではないが、何枚か無意識で撮影した。飛び出した瞬間、そして近場の止まり木を探す習性があるので、撮影を継続。 望遠が欲しい。と後悔する。
しかし結果はそれなりに撮影が出来ていた。


カワセミ狙った獲物はあまり逃さない。これも見事小魚をしとめていた。 人間が見ると茶色く濁った川の水だったが、小魚を捕らえ、これから丸呑みをするようだ。(最後の写真) これは鉄橋の麓の台にのり危険を感じなければここで丸呑み・・・


葦の1本に止まり水面を伺っている。 視力が非常に高いのだろう。水面の魚の動きを観察しているようだ。


『カワセミ』スズメより少し大きく特徴のある鳴き方をするので、習性を知っている人なら見つけやすい。しかし鳥の観察は根気がいる。 これは偶然に捕らえた短時間での記録だ。


これもナイスショットで、獲物を見つけ一直線に水面にダイブ! もう少しレンズの性能が良いと綺麗なショットがゲットできるのだが。


次の瞬間も指先が動き、カワセミのダイビングを捕らえている、 石垣の中の瑠璃色が見えるだろうか?羽を折ってダイビング中


カワセミが水面に飛び込んだ瞬間だ。水滴が激しくジャンプ。あまりうまく捕らえきれない瞬間


次は魚を捕らえて元気よく水を切り飛び上がる瞬間が捉えられた。 カワセミの凄さは水面から飛び上がるときの強さが凄いといつも感じる。


通常は近場に飛び上がる台か小枝その他止まるものがある場所でカワセミは仕事をしている。
止まりの場所に帰還中のカワセミの飛翔姿。


周囲を観察しながら安全であればこの場で獲物を丸呑みにするのが習性だ。

2012年1月21日土曜日

今朝の販売移動車


 今朝はぐるっとおおつちのNPO法人の移動販売車に乗って、委託されている品物を仮設住宅に売っています。 朝10時ごろベースを離れ50箇所(一日で全部は回れません)ほどある仮設住宅を訪問して品物を売っています。 住宅から出てきて品物を買う方々はやはりお年寄りが多いです。
若い家族は自動車を持っているので自分で買いに行けるのですが、お年よりは多くが免許を持たないか歩けない、時間が無いとか問題のある方です。
販売の担当者は右の帽子を被った方が行い、私はお隣で助手をしていますが、実際には仮設住宅を回りニーズを見ています。 観察役で、今後自分達の仕事の勉強をしています。 そんな中で病院につれて行って欲しいとかの要望が結構あります。
その他NPO法人には仮設住宅からの送迎の要請が多くあります。
住宅にはその中に今後相談人が常駐し、仮設の要望を聞き、問題を下に下ろしてくるようです。
そのような世話役がいるといろいろ仕事が出来るようになりそうです。 


今朝のお買い物客、その他のご要望も承ります。 私は傍にいるだけで、いろいろな経験を通して勉強をしています。


これは人気のある米粉のお団子で、これくらいはほとんど完売します。こんな中でお野菜が欲しいとの要望があり冬場の野菜の少なさに困っています。 浜松に買に行こうかと考えています。


お客は、ご年配の方が圧倒的でお団子を2つ3つと買ってくださいます。 やはりお年寄りが目立ち、今朝は比較的暖かく、仮設住宅から出て少し動いておられます。


仮設住宅の裏山を手入れしている方でした。 やはりこの方も高齢者で頑張っておられます。話を聞くと、これくらいな坂、大したこと無いよ命綱付けて安全にしているから、問題ないさ、ただおれも年取って腰が痛いし曲がったからと。 よく切れる鋸で手際よく枝の整理をしておられた。


うちのドライバー以前にもあったらしく、自分の帽子をとったら、何だあんたか!といわれるほど知っていた間柄のようでした。


この山の引っ込みにはこんな見事なツララがぶら下がっていた。山から水が染み出るらしく、それが凍ってツララを形成していた。 逆にこのように山の麓は寒いところです。



いろいろな仮設住宅が設営されているが、狭く寒く、すごしにくい環境のようだ。


今朝のように太陽が出て、風がないと住民の方々は出てこられるのだが、多くの日は寒く、あまり顔も見せない方が多いようだ。


種々のお知らせは掲示板にあるのだが、見ていただいているのかな? 


ぐるっとおおつちの移動販売車と、車椅子等の送迎に活躍しているNPO法人の車です